宮古上布の歴史について

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宮古上布の歴史について

宮古上布の歴史

宮古上布

宮古上布の歴史は紆余曲折を経ています。始まりは何か、そしてどのような経緯を辿ったか詳しく紹介します。

宮古上布のきっかけ

宮古上布が世に出る最初のきっかけは、今から数百年前の歴史に遡ります。琉球の進貢船が台風の影響で進むことができず困惑していたところ、同乗していた宮古の真栄という人間が海に入り命がけで故障を修復しました。そのおかげで船は沈没することなく無事に辿り着いたのですが、琉球王はこの功績を称えて真栄を間切頭主として任命しました。すると、真栄の妻である稲石は王に感謝の気持ちを表するべく、綾錆布を王に献上しました。この歴史が宮古上布の始まりを語る上で外せない出来事です。むしろ、この歴史がなければ宮古上布は誕生しなかった可能性もあります。

貢布と人頭税

争いの歴史は宮古も無関係ではありません。宮古は1609年に薩摩に制圧されてしまいました。1637年には人頭税が課せられ、男は栗、女は宮古上布を納めることが義務づけられました。村の織女は単に宮古上布を織れば良いという話ではなく、美しく上質に織らなければいけません。なぜなら宮古上布の品質の良し悪しによって監視する役人の成績が大きく変わるからです。制圧されている状況なのである程度は仕方ないが、織女は何カ月もひたすら織り続け、心も体もひどく疲弊しました。逆に、このような歴史があるからこそ宮古上布はより上質なものとなり、歴史に残る織物となったのです。

自由販売の時代

1903年に人頭税の廃止が決定し、宮古上布が貢布だった時代は終わり、自由販売の時代がやってきました。人頭税の廃止は宮古上布を全国に広める歴史なターニングポイントです。宮古上布は、貢布の歴史から最高級の布として名声を得ていました。そのため、人頭税が廃止されてすぐに商人が目をつけ、求められるようになりました。ただ、求められているからと言って乱雑に織れば評判は下がります。なので、織物検査を実施して品質が落ちないように工夫したのです。移出先は主に大阪や京都など関西方面でした。こうして宮古上布の健全な歴史はスタートしたのです。

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